2017年6月30日金曜日

オーストラリア旅行記(6)オペラハウス

シドニー滞在中、
シドニー中心街に出掛けたのは3回で、
初めの2回は長男一家に観光名所を案内してもらい、
3回目は夫と二人で観光バスに乗ったり、
オペラハウスの日本語ガイドツアーに参加しました。

その3回ともオペラハウスを見学しましたので、
その時々のオペラハウスをご紹介しながら、
オペラハウスについて書いてみようと思います。

1枚目の写真は初めてオペラハウスを見学する時、
ロイヤル・ボタニカル・ガーデンからオペラハウスに向かうところです。

海沿いを歩いてにオペラハウスに向かう   2017年4月8日 午後1時14分


オペラハウスを真近で見ますと、
シェル型の屋根と外壁には
白色と淡い桃色のタイルが貼られているのが分かります。
このスウェーデン製のタイルの数は105万6000枚だそうです。

オペラハウスを遠くから見ると
白いタイルに光が当たり全体が白く見えるようになっています。

オペラハウスの屋根と外壁   4月8日午後1時24分



シェル型には2色のタイルが貼られています


ではオペラハウスが完成するまでを簡単に記していきます。


1940年代末、
シドニーのあるニューサウスウェールズ州(NSW)の州立音楽院長が
コンサートホールやオペラ劇場、ミュージカルなどのドラマシアター及び
飲食できるレストランなどを併設した、今までなかった複合施設の建設に奔走します。
どうにか政界経済界の要人を説き伏せ、
1954年デザインの公募を行うことになりました。

オペラハウスの内部~ガイドツアーにて 4月24日12時11分


32ヶ国、233件の応募の中から
当初はその奇抜なデザインから落選していたデンマークの無名の建築家、
ヨーン・ウツソン(ウッツオン)(1918.4.9~2008.11.29)の作品が
最終審査で選ばれます。

1957年ウツソンはシドニーで建設の指揮をとりますが、
その曲線を多用したシェルタイプは構造的な設計段階で大きな問題が多発します。
工期の遅れや当初の予算を大幅に超えることなどから
ウツソンは計画から引き上げざるを得なくなり、
1966年設計者を辞任します。
彼はデンマークに帰り、
二度とオーストラリアの地を踏むことはありませんでした。

ただし息子さんが建設に携わることを条件に引き上げましたので、
息子さんはオペラハウスの建設に関わり続けたということです。



世界三大美港の一つに数えられるシドニー湾、
そこに突き出た岬ベネロング・ポイントにオペラハウスは建っています。

海面下25mまで打ち込まれたコンクリート製の杭が建物の基礎となり、
その内部ではコンクリートとワイヤーが見え、
シェルのようなヨットの帆のような外観を支えています。



オペラハウスは
当初予定より10年遅れで1973年に完成し、
費用も予定の700万ドルから14倍以上の1億200万ドルに膨れ上がりました。
費用は宝くじ資金などで1975年に完済されたそうです。

こんなに完成が遅れても大丈夫?だったのは、
オリンピック開催のためとか万博用とか
建設期限のある催し物の建物ではなかったためです。

いろいろな問題を乗り越えたオペラハウスは
シドニーのみならずオーストラリアを代表する建築物になりました。


オペラハウスから見るサーキュラー・キー(埠頭)・・豪華客船が停泊しています
4月8日午後1時24分


さて、
私達はフェリーに乗り対岸まで行きました。
フェリーから見るオペラハウスは順々に姿を変えていきます。







ハーバーブリッジをくぐり抜ける時に見えるオペラハウス



対岸の駅で降り、
ここから電車に乗って長男のマンションに戻りました。

こちら側から見るオペラハウスが正面だそうです。

対岸の公園から見るオペラハウスとビル群   4月8日午後4時50分


別の日、
ダーリングハーバーからフェリーに乗り、
夕食のレストランへと向かう時がありました。

徐々に暮れ行く夜のオペラハウスを見ることができ、
この時ばかりはその姿にうっとりしました。
フェリーに乗ります    4月10日午後5時20分


徐々に暮れていきます    午後6時


フェリーが出発すると段々暗くなり、
月とオペラハウスの姿がとても綺麗でした。


月とオペラハウス   4月10日午後6時04分


夕食をとったレストランでは
オペラハウスを模したナプキンが・・・

オペラハウス風ナプキン    6時19分


レストランを出た後、埠頭を歩きますと
オペラハウスは月に白く照らされ、
ハーバーブリッジは夜の装いでした。

白く浮かび上がるオペラハウス     午後7時33分



夜のハーバーブリッジ   4月10日午後7時34分


世界遺産として世界で一番若い建築物であるオペラハウス。
大小5つのホールと5つのリハーサルスタジオ、
4つのレストランと6つのバーがあります。

いつかオペラやコンサートを聴いたり、
人気のバレエを是非観たいものです。


2017年6月24日土曜日

オーストラリア旅行記(5)シドニー②

シドニーに着いて2日目の4月8日(土)は
長男一家の案内でシドニーの中心地に行きました。

電車に乗ってタウン・ホール駅で降り、
クィーン・ビクトリア・ビルディング Queen Victoria Building(Q.V.B.)や 
タウン・ホールTown Hall(シドニー市役所)、
St Andrew's Cathedral 等を見学しながら街中を歩き回りました。

Q.V.B.は1898年にマーケットとして建てられたものを大改造して
現在はショッピングモールとして使われています。



Queen Victoria Building・・ロマネスク様式の建物です 2017年4月8日 午前10時47分


Q.V.B.の中のお店を覗き、
お嫁さんにどんなものがオーストラリアブランドなのかを
教えて貰いました。
欲しいものが徐々に増えていきます・・・

Q.V.B.内部のグレートオーストラリアンクロック
重さ4t、高さ10m 世界最大の吊り時計です


Q.V.B.のもう一つの時計ロイヤルクロック・・仕掛け時計です


Q.V.B.のステンドグラスはビルの雰囲気と合っていて素敵です

その後
ハイドパーク Hyde Park を横切り、
セント・メアリー大聖堂 St Mary's Cathedral へ。

ハイドパークから見るシドニータワー


ハイドパークの噴水とセント・メアリー大聖堂  11時13分


セント・メアリー大聖堂は1821年にその礎が築かれました。
カトリックの神父が公式にオーストラリアに来たのが1820年ですので、
この大聖堂は
「 Mother Church of Australian Catholicism 」と呼ばれるそうです。

セント・メアリー大聖堂正面



大聖堂のステンドグラス


そろそろお昼に近づいたので、
ロイヤル・ボタニカル・ガーデン Royal Botanical Garden で
ランチにすることになりました。

広大なロイヤル・ボタニカル・ガーデン

このガーデンは
1861年に造営されたオーストラリア最古の植物園です。
世界各地から4000種を超す植物が植えられているそうです。
植物園の中にあるレストランで
ボリュームたっぷりのサンドイッチを頂きました。

オーストラリアでは
海岸でもマーケットでもレストランでも鳥が沢山寄って来ます。
 孫たちは sea gull と呼んでいましたから、カモメのようです。
どこでも食べ物を狙ってくるので
「ちょうだい、ちょうだい鳥」とも呼んでいました(@_@。

植物園のレストランでも
食べ残しの食べ物を目ざとく食べにきますが、
店員さんはあまり反応しません。

こういう光景はこれからオーストラリア旅行中に何度も目にします。


綺麗な池もあります


ランチを食べてお腹がいっぱいになったところで、
ロックス地区に向かいます。

ロックス The Rocks は
シドニーの海の玄関口、サーキュラーキー Circular Quay の西側にあります。
1788年英国からやって来た最初の移民船団がシドニーハーバーに入港。
シドニーコーブにユニオンジャック旗を立て、
この地を英国領と宣言します。
そのため
白人オーストラリア人発祥の地と呼ばれます。
この地から開拓が始まりますが、
ロックスの名の通り、岩だらけだったそうです。

サーキュラーキーを挟んでオペラハウスを望むロックスは
古い建造物もあり雰囲気のある観光スポットです。

そのロックスにあるシドニー最古のパブに寄りました。
そのパブは
ロード・ネルソン・ブリュワリー・ホテル Lord Nelson Brewery Hotel の
1階にあります。
自家製ビールが美味しいということで
お酒大好きの長男が必ず案内したいところのようです。


シドニー最古のパブ  午後2時54分


オーストラリアはワインが安くて美味しいと人気ですが、
ビールも美味しいそうです。



夫と長男は美味しそうにビールを、
私とお嫁さんや孫たちは
ジンジャエールやジュースを
美味しく頂きました(^^♪

暑かったこの日にピッタリ♬

その後
土日に開かれているという
マーケットをぶらぶら歩きながら見学。
洋服、アクセサリー、食べ物など様々なものがあります。

私は近くのマンリービーチ Manly Beach をモチーフにしたタイルを買いました。

楽しいマーケット


この日のシドニー見学はまだまだたくさんありましたが、
次回はオペラハウスとハーバーブリッジについて書きたいと思います。


2017年6月16日金曜日

オーストラリア旅行(4)シドニー① 及びオーストラリア概要

4月7日、
午前11時30分にメルボルンを出発してシドニーに向かいます。
今回もカンタス航空で、
シドニーまで約1時間半のフライトです。

シドニーに近づいて来ました  4月7日12時35分


海がとても綺麗です  12時40分


シドニーのキングスフォード・スミス国際空港 Kingsford Smith Airport には
長男のお嫁さんと二人の孫娘が迎えに来てくれました。
約1年半ぶりに会う孫たちは、背が伸びて幼児から少女になっています。

再会を喜び合い、
孫娘たちから手紙のプレゼントを貰いながら尽きない話をして、
早速電車に乗り、
息子たちのマンションへと向かいました。

シドニーもメルボルンと同じく、
電車に乗るためにはIC乗車券が必要ですが、
お嫁さんが前もって買ってくれていましたので助かりました。

シドニーではこのIC乗車券をオーパルカード Opal Card と言いますが、
この後、シドニー滞在中何度も電車に乗ったり、
フェリーに乗りましたので必需品でした。
時々駅近くでチャージ(Top Up)します。
  
息子家族の住んでいる所は
シドニー近郊の駅直結の高層マンションで、
マンションからの眺望も素晴らしいですし、
何しろ駅やスーパー、レストラン、ショッピングモールに近いので
とても便利です。

長男のマンションからの眺望  15時06分


マンションの違う方からの景色・・・自然がいっぱいです 15時07分


オーストラリアは広大な上、
主な観光地も東西南北に離れています。
今回約1か月の旅行でも
遠すぎてスケジュール的に無理と断念した場所がありました。

そこで
オーストラリアの大きさと形態、
その広い大陸のどの辺りに
人々は住んでいるのだろうという疑問から
人口分布についても書いてみたいと思います。

オーストラリアは
オーストラリア大陸とタスマニア島、その他小さな島々で構成されています。
面積が約769万㎢で日本の約21倍、
人口は約2,378万人(2015年9月)で、日本の約1/5。

オーストラリア大陸は
国土の平均高度が340mで地球上の全大陸中一番低く、
最高峰は2,228mのコジアスコ山。
低い大地が広がり、起伏の小さい大陸で、
200~500mに相当する面積が42%を占めています。

私達は緑色の丸で囲まれた所に行って来ました


世界で6番目に広いオーストラリアですが、
その人口分布図を見ると沿岸部に集中していることが分かります。(下の図)
大雑把に言って一番薄いクリーム色の部分に約2%、
残りの地域に約98%が住んでいるそうです。



オーストラリアの人口分布図・・・色が濃い方が人口密度が高い 2010年


それは中央部は砂漠地帯が多く、
水がないと人は住めないということで、
年間平均降水量(下の図)と人口分布はほぼ一致します。

ただし、
北部の先端は降水量が多くても暑くて、
住むには適さないそうです。

オーストラリアの年間平均降水量 1961年ー1990年の30年間


広大なオーストラリアですが、
人が住めるところは思いのほか少ないようです。


次回はシドニー中心地の見学です。


2017年6月10日土曜日

わらび

先日、別荘地でわらび採りをして来ました。

わらび採りの先輩たちに誘われたのですが、
私にとって
60半ばにして初めてのわらび採りです (@_@。

採れたてのわらびは美味しい・・おかかをかけて


わらびのあく抜きの方法を教えてもらい、
あく抜きに必要な灰まで頂いて家に戻って来ました。

あく抜きの下ごしらえが済みましたら、
まずは鰹の削り節(おかか)とお醤油で・・・。
シャキシャキした食感と粘りがあり、とても美味しいです。

豚肉とごま油で炒めてみましたが、
シャキシャキ感が残り、これも美味しいです。

灰であく抜きした後、1時間ほど水に漬けておきます


我が家の近くにわらびが沢山あることが分かりましたので、
来年は一人でもわらび採りが出来そうです(^_-)-☆



2017年6月8日木曜日

オーストラリア旅行(3)メルボルン郊外②ダンデノンツアー

メルボルンの3日目、4月6日は
メルボルンの東約35Kmの所にあるダンデノン丘陵への半日ツアーに参加しました。

9時30分に運転手兼ガイドさんがホテルに迎えに来てくれ、
ガイド見習いの若い男性を含め総勢9人のツアーでした。

ダンデノンの丘を走る蒸気機関車パッフィン・ビリーに乗るのが目的です。
乗車時間までの間、森を散策したり、
カフェでユーカリの葉が入った紅茶とスコーンで一休みです。

ハーブティーのようなユーカリの葉入り紅茶 10時41分


ジャムとクリームをつけて頂くスコーンはとても美味しかったです


パッフィン・ビリー Puffing Billy は遠隔地開拓のために
1900年代初頭にオープンした鉄道ですが、
1950年代に山崩れなどで閉鎖。
しかし復活を望む声とボランティアによって、
保存鉄道として再スタートしたそうです。

可愛い蒸気機関車 パッフィン・ビリー 11時35分


現在は物資や家畜運搬用としての利用はなくなりましたが、
乗客数は飛躍的に伸びています。
今、パッフィン・ビリーはオーストラリアで
最も人々に親しまれている蒸気機関車であり、
昔のまま保存された鉄道として世界で有数のものです。
600人以上のボランティアのおかげで、
クリスマス以外連日運行されているそうです。

さていよいよ乗車です。
皆、窓に腰をかけて足を出し、出発を待ちます。

私達も窓から足を出して・・
こんなことは普通出来ませんので楽しいです^^ 11時32分 


ユーカリの木やシダ類の中を走ったり、



木製の橋も渡りました。



20分強の乗車ですが、皆さん嬉しそうです。

BELGRAVE の駅で降りて
有名なパイ屋さん 「Pie in the Sky」 に寄りました。
混んでいるので中でパイを食べるのは時間的に無理ということで、
外のベンチで頂くことにしました。

パイのお店「 Pie in the Sky」   13時23分


店内・・持ち帰りも並びます

私は名物のビーフバーガンディとタンドリーチキンを買い、
夫とシェアしました。

ビーフも美味しかったですが、
私はスパイスが効いてパンチのあるタンドリーチキンの方が好みでした。

ビーフバーガンディ(奥)とタンドリーチキンのパイ


その後
標高663mのダンデノン山からメルボルンの街を眺めました。

ダンデノン山から見るメルボルンの街 13時55分


2時半頃ホテルまで送ってもらってツアーは終了です。

私達はホテルで休んで
4時少し過ぎメルボルンの街に行きました。

ホテルからトラムの駅に行く途中、
住宅街を抜けた後
フィッツロイ公園 FITZROY GARDEN という広い緑地を通ります。
何度か通りましたが、いつも静かで
手入れの行き届いた公園です。
大きな木が沢山あります。

公園の案内板には日本語もありました 


木の下で本を読む人もいました


The Fairies' Tree

ミニチュアの Model Tudor Village




公園から2分ほどのビクトリア州議事堂前からトラムに乗り、
また中心地をぶらぶらして
そこから少し離れたイタリア料理店で
美味しい夕食の時間を過ごしました。
メルボルン最後の夜と思うと名残惜しいです。

ビクトリア州議事堂 


ガーデンシティとも呼ばれるメルボルン。

人口約453万人のオーストラリア第2の都市であり、
キャンベラができるまでオーストラリアの首都でした。
世界中からの移民が住む他民族都市でもあり、
そのため多くの国の美味しい料理を手軽に楽しめます。


そして
世界で一番住みやすい街に6年連続1位に選ばれているそうです。
食べ物は美味しく、緑豊かで治安も良く、人も親切、
他にも良い点が沢山あると思いますが、きっと住みやすい街なのでしょう。

そういう街で先日テロがあったことは本当に残念です。
(6月5日、銃を持った男がホテル型アパートに押し入って男性従業員1人を射殺、
女性1人を人質に立てこもり警察に発砲。
男は警察に射殺され、女性は保護されました。
警察はテロ事件として捜査中。)


翌日はいよいよシドニーに向けて出発です。